1%の努力

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時間に追われ、将来の心配をし、みるみる「つまらなくなっていく」大人たちへ

サボる才能はあるか?

「努力が大事だ」と思っている人に、ぜひ、やってみてほしいことがある。

スマホと財布を家に置いて、外に出てみよう。

そして、1週間、過ごしてみる。

ただし、家族に頼るのはNGだ。

1週間、綺麗な服で、お腹も満たされて、何事もなかったかのように帰ってくることはできるだろうか。

それができる人はこの本を読む必要はない。

本書はいわば「レールを外れる人生」の練習だ。

レールを外れ、手ぶらで生きる。

友達の家に泊めてもらったとき、自分に何ができると思ったか。

公園で寝るとき、何をやりたいと思ったか。

お腹を空かせたとき、真っ先に思いついた方法は何か。

誰に会い、どこに行けば、ちゃんとした生活ができるのか。

それら全てが、あなたの「生きる力」そのものだ。

アリの巣を観察すると、大きく分けて2つのタイプに分かれる。

「働きアリ」と「働かないアリ」だ。

「働きアリ」は任された仕事を一生懸命に過ごす。

巣を排除し、エサを運び、せっせと働く。

「働かないアリ」はダラダラと何もせず過ごし、たまにぶらぶらと外を出歩く。

サボっているように見えて、たまに「バカでかいエサ」を見つけて、巣に戻って報告をする。

それを他のアリたちが運んできてくれる。

そんな「働かないアリ」であれ。

「働かないアリの」ように、お金や時間にとらわれない状態になると、チャンスが見えるようになる。

まさしく「サボる才能」があるかどうかが問われる。

2時間でやるべきことを1時間で終わらせて、1時間を余らせること。

さらに、30分で終わらせることはできないかと考え続けること。

この本では、あなたに「サボる才能」があるかを試し、それを磨いていくために「7つの話」をしようと思う。

目的は1つ。

死ぬまでに「幸せの総量」を増やすためだ。

天才は「1%のひらめき」をして、

凡人は「99%の努力をする」

その間を取り持つ僕は、「1%の努力」で最大の成果を得てきた。

就職氷河期で就職もせず、インターネットにどっぷりの生活。

「2ちゃんねる」は他のサービスのいいところをマネた。

「ニコニコ動画」は、ドワンゴの社員のアイデアに乗っかった。

努力しない努力を極めて、いま、僕はフランスのパリの余地みたいな生活を送る。

これまで何度となくレールを外れてきた僕の「生き方・考え方」についてもたくさん語ろうと思う。

必要だったのは、お金や時間ではない。

「思考」だった。

工夫を取り入れ、「やり方」を変えられること、暇を追求し、「何か」をやりたくなること。

つまり、自分の頭で考えるということが大事だった。

だから、スケジュールを埋めるな。「余白」を作れ。

両手を防ぐな。片手を空けよ。

「頑張ればなんとかなる」と思っている人は甘い。

努力でなんとかしようとする人は「やり方」を変えない。

では、どうやって「やり方」を変えるのか?

その考え方を教えよう。

そもそも人が働いているかどうかは、パッと見ではわからないものだ。

机の上で手を動かしていたら働いているように見えるが、何も考えていないかもしれない。

逆に深刻な考え事をしていても、ボーッとしてサボっているように見える。

「序文」でも述べたとおり、僕は考えるタイプの人間だ。

ゴロゴロしながらゲームをしているようなときも、頭の中ではずっと思考している。

「自分は努力をしたくないんだ」と割り切っている人は、それなりにちゃんと考えている人だ。

「頑張ればなんとかなるかもしれない」と普通の人は思ってしまう。

しかし、これが意外と危険であると思うのだ。

チャンスというのは、突然やってくるものである。

本を読んで知識を蓄えていたり、一生懸命に人脈を広げたり、情報のアンテナを張ったりすることは努力でできる。

それは、チャンスが訪れる可能性を高めることである。

しかし、目の前のチャンスは一瞬で目の前を通り抜ける。

「幸運の女神の前髪」という話がある。

幸運の女神には後ろ髪がついていないから通り過ぎたら捕まえることはできない、という例えだ。

あるとき、あなたの元に創業メンバーにならないかという誘いがくるかもしれない。

当日誘われたと飲み会に運命の人が来ているかもしれない。そ

れもこれも、常に「余裕」を持っていないと掴むことはできない。

また、順風満帆な人生にピンチがやってくることもある。

そんなときも、スケジュールに余白がないと頭の中はパンクしてしまい、視野はどんどん狭くなる。

ヒマは全力で作っておいた方がいい。時間は余るものじゃない。作り出すものだ。

世の中には、予定をパンパンに詰め込んで片っ端から対処するタイプの人もいる。

その場合、幸運の女神が現れたら、両手はお手玉をしながら器用に前髪を掴めるのかもしれない。

ただ、凡人には難しい。

少なくとも片手は空けておかないと、チャンスを掴むことはできない。

「努力で解決しよう」「頑張ればなんとかなるかも」と考えている人は常に両手が塞がっていてチャンスを取り逃す。

「片手は常に空けておけ」

これが本エピソードで一番伝えたいことだ。

ビジネスチャンスが目の前に現れた時に、右手に会社員としての立場、左手に一家を支える大黒柱という状態だと、きっとスルーしてしまうだろう。

サッカー選手の本田圭佑さんは、こう言っている。

「みんなシュートの練習ばかりをする。けれど、そのシュートに繋げるために、敵を抜いたり、いい位置にボールを持っていくことの方が重要だ。それができて初めて、シュートを練習する意味がある」

チャンスを掴む話と似ている。

チャンスを掴む練習より、いつでも掴める状態にしておくことの方が重要なのだ。

僕の場合は、「面白いな」と思ったビジネスにとりあえず出資することがある。

最近では、クリエイターを用意して、広告代理店が応募を持ってきて、動画を作らせるようなことをしてみた。

目新しいものではなかったが、絡む人たちが面白そうだと思ったのだ。

内側でそれをみる権利を得られるし、失敗したら失敗したで、「ダメだったね」と言って笑って終われる。

このとき、会社を作ったり、株を売ったりするわけだが、「儲けたい」という気持ちは小さい。

遊びの延長であり、そこの輪に入るための入場料を支払う感覚に近い。

なけなしのお金をかけて起業したり、自分の生活を追い込むようなパターンは、おすすめしない。

世間では学生起業して成功するIT起業家の話が有名だが、彼らは決して無の状態で大学を中退して自分を追い込んだわけではない。

ヒマで面白がってはじめたビジネスがうまく回り始め、どんどん規模が大きくなっていき、次第に授業に出る時間が取れなくなる。そして、まずは休学を選択し、やむを得ず中退しているのだ。

これを勘違いして順番を逆にすると悲劇が起こる。

お小遣い制度の人にはわからないこと

「努力で解決する」と似たような思考がもう一つある。

それが、「お金で解決する」という思考法だ。t

例えば、、「終電を逃してもタクシーで帰ればいい」と考えるような人である。

そのお金を稼ぐために、どれくらいの時間をかけたのか。

きっと考えたこともないまま、日々、浪費しているに違いない。

幼少の頃に「お小遣い制度」だった人はお金が貯まりにくいという。

僕は高校生になってからお小遣いをもらうようになったので、それまでお金がない状態でずっと暮らしていた。

「お金をくれ」と親に言うのもイヤだった厨二病的なものだ。

小学生ならばお金を使わなくても普通にくらせる。

そうすると、「使ったら減る」という感覚が鈍らない。

もし、幼少の頃から毎月決まった金額がもらえていたとしたら、「来月またもらえるから大丈夫だ」と思って使い込んでいただろう。

人は、予算を決めてしまうと、それを使い果たしてしまう。

買いたいものもそんなになかった。

友達んちにいくとゲームがあるので、ゲームをしたければ友達んちに行けばいいし、やりたいゲームがあったら友達に「あれ、面白いらしいよ」と言えば買ってくれる。

子供同士でマウンティングすることもなかった。

何度でも書くが、うちの地域は基本みんな底辺だったのだ。

若いうちに無駄にお金を使うことに対する嫌悪感が身についたのは、大人になってからトクをしていると感じる。

お金を使うのが楽しいい人、買い物好きの人は、その性格のせいでたくさんのコストを人生で支払う。

その分を働いて稼がなきゃいけない。

ガムシャラになれるかもしれないが、向いている人と向いていない人に分かれる。

僕の場合は常にこう考えるようにしている。

お金がない。じゃあどうしよう?」

この思考が脳をフル回転させる。

「他のもので代替えできないか」

「自分で作ることはできないか」

「誰か頼める人はいないか」

そうやって自分の頭で考えるのだ。

お金で解決してしまう人は、物事をあまり深く考えていない。

また、お金でつながってしまった関係は、お金がきっかけで離れてしまう。

成功した起業家が落ち目になったとき、人がどんどん離れてしまうのは有名な話だ。

お金で解決するかどうかの原体験こそが、幼少期のお小遣い制度だと思う。

金回りがいいのは、母子家庭や生活保護の家の子供の方だった。

親の金銭感覚が狂っているせいで、子供もそれを引き継いでしまう。

中学生で小遣いを毎月1万円もらっているやつもいたが、いま思うと、あ家は母子家庭で大変だった。

僕のいた地域では、ヤンキーになる方が主流派で、彼らはまともな社会人になって家庭を築いて真っ当な人生を歩んでいる。

仲間を大切にしたり、体力があるので、お金以外のエネルギーがあるからだろう。

そのエネルギーがないのなら、頑張って貯金体質になっておいた方がいいかもしれない。自分のタイプを見極めて上手にお金と付き合っていって欲しい。

大学生に話しておきたいこと

若い人、時に大学生からよく聞かれることがある。

「いまのうちに何をしておけばいいですか?」

という質問だ。答えは簡単だ。

大学生なら普通に勉強して卒業すればいいし、基本的に「やりたいこと」をやればいい。

本音ではそう思うものの、何をすべきかを決めるための思考法があるので、その話から始めよう。

例えば、『サードドア』(東洋経済新報社)という本の中では、ウォーレン・バフェットのこんな話ができてくる。

これから一年間で達成したいことを25個書き、その中で3ヶ月以内に達成したいものを5つ選ぶ。残りの20個は「やらないことリスト」としていったん日常から捨てて忘れてしまうようにする。

最初の5つに絞るのがポイントだ、という話。

なお、この話はバフェットが実際にやったことではなかったことが本の中で明らかになるが、「なるほど」と思わせる魅力がある。

もじ、自分が学生たちの前で講演をすることがあったら、1つの話を披露しようと思っている。

ネット上で有名な「この壺は満杯か?」の話だ。

知っている人もいるかもしれないが、知らない人も増えているようなので、少し長いが引用しておこう。

ある大学でこんな授業があったという。

「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。

その壺に彼は1つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。

「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。

「本当に?」そう言いながら教授は、教壇のしたからバケツいっぱいの砂利を取り出した。

そして、砂利を壺の中に流し込み、壺を振りながら岩と岩の間を砂利で埋めていく。そしてもう一度聞いた。

「この壺は満杯か?」学生は答えられない。

一人の生徒が「たぶん違うだろう」と答えた。

教授は「そうだ」と笑い、教授の下から砂の入ったバケツを取り出した。

それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。

『この壺は満杯になったか?」

学生は声を揃えて、「いや」と答えた。

教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと水を注いだ。

彼は学生に最後の質問を投げかける。

「僕が何が言いたいのかわかるだろうか?」

一人の学生が手を挙げた。

「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、いつでも予定を詰め込むことは可能だということです」

「それは違うと」教授は言った。

「重要なポイントはそこではないんだよ。この例が私たちに示してくれる真実は、大きな岩を先に入れない限り、それが入る余地は、その後二度とないということなんだ」

きみたちの人生にとって「大きな岩」とはなんだろう、と教授は話し始める。

それは仕事であったり、愛する人であったり、家庭であったり、自分の夢であったり…。

ここでいう「大きな岩」とは、君たちにとって一番大事なものだ。

それを最初に壺の中に入れなさい。

さもないと、君たちそれを永遠に失うことになる。

もし君たちが小さい砂利や砂、つまり自分にとって重要性の低いものから壺を満たしていけば、君たちの人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。

そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果、それ自体を失うだろう。

さあ、どう感じただろう。

人生において何を優先させるかは、一度じっくり考えておいたほうがいい。

自分にとっての『大きな岩』とはなんだろう?」

つねに自分に問いかけてみよう。

そしてできれば、言語化して人に伝えるのがいい。

「私にとって『食事』は重要なので、テキトーなお店の飲み会には行きません」

「年に一回は『海外旅行に行きたいので、前もって休みを宣言します

たし

「『子供の時間』が大事なので、17時ちょうどには必ず退社します」

こういうことは、堂々と表明しておいたほうがいい。

もし何か言われても、言い返せるように理論武装しておいてもいいかもしれない。

優先することを決めて、そのとおりに動く。

「優先順位」がこの章のキモである。

それこそが、毎日を幸せに生きるコツだと思うから。

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