日本は、世界でも指折りの幸せの国だ。世界保健機関(WHO)の統計によれば、他のどの国よりも平均寿命が長い。所得や人口、環境の質など、世界の国のランキングにはさまざまなものがあるが、平均寿命という極めて重要な基準で日本はすでに世界のトップに立っている。
100歳以上の人はすでに、6万1000人以上。今後、100歳を超えて生きる人はもっと珍しくなくなる。
国連の推計によれば、2050年までに、日本の100歳以上の人口は100万人を突破する見込みだ。2007年までに生まれた子供の半分は、107年以上生きることが予想される。
今この文章を読んでいる50歳未満の日本人は、100年以上生きる時代、すなわち100年ライフを過ごすつもりでいたほうがいい。
長寿化は、社会に一大革命をもたらすといっても過言ではない。あらゆることが影響を受ける。
人々の働き方や教育も変わるし、結婚の時期や相手、子供をつくるタイミングも変わる。
余暇時間の過ごし方も、社会における女性の地位も変わる。
20世紀に、日本の社会と経済は大きな変貌を遂げた。長寿化は、21世紀に同様の変化を日本にもたらすだろう。この先、多くの変化が日本人を待っている。
過去のモデルは役に立たない
長寿化の潮流を歩む日本は、世界に先駆けて新しい現実を突きつけられている国だ。
そんな日本の経験を他の国も見守っている。
長寿化が最も進んでいるということは、裏を返せば、対応するために残された時間が少ないということに他ならない。
日本は急速に変化する必要がある。時間は刻一刻と減っていく。日本の政府に求められることは多く、そのかなりの部分は早い段階で実行しなくてはならない。
しかし、最も大きく変わることが求められるのは個人だ。あなたが何歳だろうと、いますぐ新しい行動に踏み出し、長寿化時代への適応を始める必要がある。
長く生きる人生に向けて準備する責任は、結局のところ私たち一人ひとりの肩にかかっている。
問題は、多くのことが変わりつつあるために、過去のロールモデル(生き方のお手本となる人物)があまりに役に立たないことだ。あなたの親の世代とは異なる決断をするになる。
人生の道筋に関する常識はすでに変わりはじめている。日本でも、終身雇用が当たり前ではなくなった。若者たちの生き方も変わりつつある。
人生に新しいステージが始まる
人が長く働くようになれば職業生活に関する考えも変わらざるをえない。
人生がより短かった時代は、「教育→仕事→引退」という古い3ステージの生き方で問題なかった。
しかし、寿命が延びれば、二番目の「仕事」のステージが長くなる。
引退年齢が70〜80歳になり、長い期間働くようになるのである。
多くの人は、思っていたよりも20年も長く働かなくてはならないと想像しただけでゾッとするだろう。
不安も湧いてくる。
そうした不安に突き動かされて、3ステージの生き方が当たり前だった時代は終わりを迎える。
人々は、生涯にもっと多くのステージを経験するようになるのだ。
選択じを狭めずに幅広い選択肢を検討する「エクスプローラー(探検者)」のステージを経験する人が出てくるだろう。
自由と柔軟性を重んじて小さいビジネスを起こす「インデペンデント・プロデューサー(独立生産者)」のステージを生きる人もいるだろう。
さまざまな仕事や活動に同時並行で携わる「ポートフォリオ・ワーカー」のステージを実践する人もいるかもしれない。
このように選択しが増えれば、人々はもっと自分らしい人生の道筋を描くようになる。
同世代の人たちが同時に同じキャリアの選択を行うという常識は、過去のものになっていく。
同世代が同時に大学に進み、同時に就職し、同時期に子供を作り、同時期に仕事を退く。
隊列を乱さずに一斉行動する集団さながらの画一的な生き方は、時代遅れになるだろう
社会が人生のステージを受け入れるためには、乗り越えなくてはならない障害がある。
国の制度が妨げになる場合もあれば、人々の固定概念が妨げになる場合もある。
しかし、過去に機能した思考様式が未来も機能するとは限らない。
例えばインディペンデント・プロデューサーについて考えてみよう。
日本では優秀な若者の安定思考が強く、公務員や大企業への就職を目指すことが多い。
起業家志望者への支援や評価はあまりに乏しい。
人がインディペンデント・プロデューサーへの一歩を踏み出すためには、自分が新しいことを始められるという自信を抱いていること、そして、政府の政策により後押しされることが必要だ。
ところが、日本は歴史的にそのような環境が整っていない。
起業は好ましいキャリアの選択と考えられていないのだ。
若い世代が実験に踏み出すのを妨げる要因もある。
厳しい雇用状況というプレッシャーにさらされている日本のを若者は、学校を出た後すぐに就職しようとする傾向が強い。学校を卒業した後、エクスプローラーとして探検の日々を送り、幅広いキャリアの選択肢を検討することは、職業人生の賢明な始め方とは考えられていないのだ。
そうした保守的な態度は、人が創造性を発揮する機会を減らし、実験の可能性も狭めかねない。
実験することはますます重要になるかもしれないのに。
就職、引退の常識が変わる
長寿化を恩恵にするためには、古い働き方と生き方に疑問を投げかけ、実験することをいとわず、生涯を通じて「変身」を続ける覚悟をもたなくてはならない。
いま、30歳未満の人には、すぐに給料のいい職に就こうとばかり考えないようアドバイスしたい。
じっくり時間をとってさまざまなキャリアの選択肢を検討し、世界について学び、労働市場の未来をよく理解した方がいい。
自分のビジネスを立ち上げようとしている人と知り合えば、キャリアの選択肢について視野が広がるかもしれない。
この期間は、未来の夫や妻とのパートナーシップのあり方を考える時期にもするべきだ。
古い家族形態にとらわれず、平等性と対等な貢献を重んじた関係を築く必要がある。
男性なら、どうやって未来の妻と平等な関係を育めばいいか考えよう。
女性なら、家庭に経済的に貢献する方法を考えればいい。
この時期には、人的ネットワークも広げたい。
若者たちが多様な経験をする足枷になっているのは、自分と似たような人としか付き合いがないことだ。
人生が長くなれば、人生の途中で変身を遂げることが不可欠になる。
それを実践するためには、自分について知ること、自分とは大きく異なるロールモデルと接することが重要だ。
いま30歳未満のあなたは、人的ネットワークを広げて、自分とはまるで違う人たちと付き合おう。
40〜50代の人は、働き始めた時、60代で引退するつもりだっただろう。しかし、あなたの職業人生は、少なくともあと25年続く可能性が高い。しかも、これから訪れようとしているのは、スキルの価値が瞬く間に変わる時代だ。
そういう時代には、手打ちのスキルでよしとせず、新しいスキルの習得に力を注がなくてはならない。
働く期間が長くなり、人生の途中で変身を遂げる必要性が高まれば、人的ネットワークを広げて自分とは全く違うロールモデルを見つけ、新しい生き方の選択肢が大切になる。
家族やパートナーと話し合い、家族同士の関係や役割を見直す必要も出てくるだろう。
パートナーのスキルを身につけるためにまとまった時間が必要になれば、二人の役割のバランスも変わるかもしれない。
60歳以上の人は突如、長寿化の恩恵を手にすることになる。
新しい機会が開ける反面、若い頃に想像していたより高齢になるまで働き、収入を得続ける必要が出てくる。
若者たちのメンターやコーチ、サポーターを務めることがあなたの主たる役割になるかもしれない。
さまざまな活動を並行しておこなうポートフィリオ・ワーカーという選択肢も広がりつつある。
家族や同僚や地域社会に貢献するために時間を割くのもいいだろう。
若い世代のロールモデルになり、生き方の指針を示せる可能性もある。
新しい職種とスキルが登場する
これからの数十年で、労働市場に存在する職種は大きく入れ替わる。
古い職種が消滅し、新しい職種が出現するのだ。
今日の世界では、100年前に雇用の多くを占めていた農業と家事サービスの職が大きく減り、オフィス労働者の割合が大幅に上昇している。
こうした職業の入れ替わりは今後も続く。
ほぼ全ての職がロボットと人口知能によって代替されるか補完されるからだ。
事務・管理業務、セールスとマーケティング、マネジメントなど、あらゆる業務がその影響を受ける。
人々の寿命が短く、労働市場の変化が比較的小さかった時代には、20代で知識とスキルを身につけ、その後は知識とスキルへの本格的な再投資をしなくても、キャリアを生き抜けたかもしれない。
しかし、労働市場が急速に変化する中で、70代、80代まで働くようになれば、手持ちの知識に磨きをかけるだけでは最後まで生産性を保てない。
時間をとって、学び直しとスキルの再習得に投資する必要がある。
人生はマルチステージ化する
3ステージの人生とは異なる人生を実験し始めている人もいるが、ほとんどの人は、いまもその生き方に従って生きている。
本書では、未来の人生シナリオをいくつか示す。
70年の人生向けの生き方に変わって、80年、さらには100年の人生に適応できる生き方を見出すためだ。
3ステージの生き方を100年ライフで機能させようと思えば、二番目の仕事のステージをながくする以外にない。
しかし、それで金銭面の問題は解決するかもしれないが、それ以外の重要な要素はなおざりになる。
長い年数働き続けるのは、あまりに過酷だし、あまりに消耗する。
そして、率直に言ってあまりに退屈だ。
そこで、3ステージの人生に変わって登場するのがマルチステージの人生だ。
例えば、生涯に二つ、もしくは三つのキャリアを持つようになる。
まず、金銭面を最も重視して長時間労働を行い、次は、家庭とのバランスを優先させたり、社会への貢献を軸に生活を組み立てたりする。
寿命が延びることの恩恵の一つは、二社択一を強いられなくなることなのだ。
変化が当たり前になる
マルチステージの人生が普通になれば、私たちは人生で多くの移行を経験するようになる。
3ステージの人生では、大きな移行は2回だけだ。
教育から仕事へ、そして仕事から引退への2回である。
しかし、人生のステージが増えれば、移行の機会も増える。
問題は、ほとんどの人が生涯で何度も移行をつげるための能力とスキルを持っていないことだ。
マルチステージ化する長い人生がの恩恵を最大化するためには、上手に移行を重ねることが避けて通れない。
柔軟性を持ち、新しい知識を習得し、新しい思考様式を模索し、新しい視点で世界を見て、力の所在の変化に対応し、時には古い友人を手放して新しい人的ネットワークを築く必要がある。
こうした「変化」のためのスキルを持つためには、場合によってはものの考え方を大きく転換し、未来を真に見通さなくてはならない。
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